唐津駅から唐津線に乗り、1時間と少し掛かって佐賀駅に着いた。昼頃なので昼食にしようと思う。この日、予定通りの進行だ。
佐賀県の喫茶店文化
調べたところ、佐賀県にはシシリアンライスという名物があると知った。喫茶店で供されるとのこと。今回はそれにしてみよう。
佐賀駅周辺の喫茶店を検索すると、思いの外多く見つかった。街を歩いている最中も、喫茶店やカフェを目にすることが多い。もしかすると、佐賀は喫茶店文化圏なのだろうか。喫茶店というと名古屋は有名だが…。そのあたりを考察すれば、2つの都市の意外な共通点が浮かび上がってくるかもしれない。今後の課題としたい。
見つかった店の中からシシリアンライスが食べられそうな店を選び、リストアップする。良さそうだと感じた店から順に訪ねてみることにした。このあたりは勘だ。
純喫茶「アリユメ」
最初に訪れた店は休業日だった。あるいはもう閉店してしまっていたのかもしれない。空振ってしまったわけだが、地方都市においてこういうのはよくあることで、織り込み済みだ。複数の店を候補に挙げておいたのは、こういった経験に基づくものなのである。
次に訪れた店はオフィスビルの地下にあった。ビルの外装はタイル張りで、昭和の空気をめいいっぱい吸ったようなアンバー色をしていた。ビルの入口脇に地下へ続く階段がひっそりとあり、喫茶店の案内も出ている。営業しているようだ。数秒、その重厚な雰囲気に気圧され、入店を躊躇したが、結局は好奇心が勝った。
店内は落ち着いたクラシカルな内装で、いわゆる純喫茶という趣だ。お盆で帰省していたのであろう、家族連れの姿も見られた。祖父母、父母、子供らの三世代。シックな雰囲気と素朴な家族の団らんは、一見場違いなようで、妙にしっくりと馴染んでいた。彼らにとって、この店で食事をするというのは、毎年の恒例行事なのかもしれない。根拠はないが、そう思った。
オーダーを取りに来られたので予定通りシシリアンライスを注文した。大盛りの文字が目に飛び込んできたので、勢い大盛りにした。
店内を見回すと「米…〇〇産」、「レタス…△△産」といった張り紙が、ベタベタと壁に貼られていた。ここでも内装のシックさと、張り紙のチープさが不可思議なハーモニーを奏でている。佐賀県産を中心に、九州産の食材を用いているようだ。
佐賀県民はシシリアンライスを推していくべき
シシリアンライスが来た。平皿にご飯、その周辺に野菜が盛り付けられている。レタスやトマトの彩りが美しい。ご飯の真ん中にはタレで炒めた豚肉が置かれ、全体にマヨネーズがかかっている。
豚肉は程よい脂の乗りで、タレとのバランスが非常に良い。甘辛い味付けで、無論のこと米に合う。タレの甘さに少し味覚がダレてきたところで、野菜をつまむ。どれも鮮度がよく、シャッキリとした歯ごたえだ。味の濃さには特に驚いた。一度ドレッシングであえてあるところも芸が細かい。マヨネーズのコクと酸味は味わいに変化をもたらしており、さらにはそのランダムな掛かり具合が、リズムすら生んでいる。
シシリアンライス、いわゆるB級グルメかもしれないが、完成度の高い一品だ。実に美味しかった。
ちなみにシシリアンライスはご当地グルメのなんらかのアワードを取ったこともあるようだが、私は知らなかった。認知度を高めるためにも、佐賀県民はこの品をもっと推していくべきではないだろうか。
そんなことを思いながらシシリアンライスを食べ終えた。ただ、大盛りはご飯の量が存外に多かった。完食はしたものの腹が苦しかった。ほんの少し後悔した。腹が落ち着くまで少し待ってから店を出た。
大盛りのノスタルジー
…この文章を書いている今は、訪れてから半年と少し経っている。
当時のことを思い出すために調べていて知ったのだが、この喫茶店「アリユメ」さんは2023年12月に閉店してしまったのだそうだ。実に私が訪れてからたった4ヶ月後のことだ。
これに関しては全く「織り込み済み」ではない。なんともさみしい話である。旅先で一度訪れただけの店でも、いやだからこそ、惜悔の念ががいっそう強まってくるようだ。不思議なものだ。
当時は後悔した大盛りも、今では「頼んでおいてよかった」と思うのである。思い出のボリュームは少しでも多い方が良い。