唐津の宿で一泊し、朝を迎えた。今日は街を散策する予定だ。昨夜から楽しみにしていた。
唐津を訪れることは今回の旅行の大きな目的の一つだった。唐津は辰野金吾(たつのきんご)の出身地である。
辰野は明治時代を代表する建築家だ。誰もが知っている東京駅(当時は中央停車場)や日本銀行本店などの設計を手掛けた。佐賀県内では武雄温泉楼門も有名だ。それらの作品を一覧にすれば、錚々たる名前が並ぶことになる。
東京駅のような古い建物は観光スポットとなっていることは多く、特に明治〜大正時代のレトロ建築は人気がある。私はそんな建物たちをもっと深く理解し、より楽しみたいと思って勉強を始めた。それが結果として辰野、ひいては唐津への興味に繋がった。
辰野と唐津にまつわるエピソードを一つ紹介したい。辰野が日銀本店の設計を依頼された際、地震の多い日本でも壊れないものを、という要請があった。それに対する辰野の答えは、頑強な花崗岩を土台にして建物を支えるというものだった。これは故郷の唐津城の石垣をヒントにしたのだそうだ。子供向けの伝記で読んだ。花崗岩の利用は赤レンガと並んで辰野の建築に普遍的に見られるもので、「辰野式」を特徴づけている。
辰野の功績は多くの建築物を世に残したことだけでない。後進たちの教育に尽力したこともまた、特筆すべきことであろう。今回見ることのできた唐津銀行は、そんな辰野の愛弟子、田中実によるものだ。赤レンガと白い石のデザインを目を引き、いかにも師の影響を強く感じさせる。
辰野とその仲間、その教え子たちの関わった建築は、鹿児島から北海道まで全国にあるようだ。それらを訪れる際には自分自身、もっと建築に精通していたいし、その結果どんな新たな感動が得られるか、待ち遠しくもある。