九州縦断の旅も5日目、最終日だ。
この日の予定は決まっていた。
特急『指宿のたまて箱』への乗車だ。これに乗ってまずは終点の指宿まで向かう。
昨日『A列車で行こう』に乗ったところなので、観光系の特急に乗るのは立て続けの感じもあるが、こういうのは勢いだ。乗れる時に乗っておくのが良い。
『A列車』と『いぶたま』
もっとも、『A列車で行こう』と『指宿のたまて箱』はコンセプトが大きく異なる。
『A列車』が大人っぽいシックな空間演出をコンセプトにしていたのに対し、『いぶたま』のコンセプトを一言でいうなら「遊び心」だ。
指宿が発祥とされる浦島太郎伝説をモチーフにした各種の仕掛けが、乗客に驚きと楽しさをもたらしてくれる…そんな車両なのだ。
旅人とコメダ珈琲店の関係
『いぶたま』は全席指定のため、前もって予約をしておいた。
鹿児島中央駅にて発券後、朝食と時間つぶしを兼ねてコメダ珈琲店へ。
僕にとってコメダは大変ありがたい存在だ。「長居しても良いんだよ」と言ってくれている気がする。
モーニングセットを食べ終えた後、頃合いを見計らって移動の準備を始める。
『いぶたま』へ乗車が近づくにつれ、ワクワクする気持ちが高まってきた。
ユニークな外観
乗車ホームに来た。
この日は平日だったが、夏休み中ということもあって『いぶたま』を待つ人は多かった。
発車時刻が近づいた。列車が近づいてくる。遠目にも非常に目を引く個性的な外観だ。車両を正面から一刀両断したように、白と黒で塗り分けられているのだ。
この白黒のカラーリングは、”黒髪だった浦島太郎が玉手箱を開けたら白髪になってしまったというストーリーを表現して”いるそうだ。
(引用:特急指宿のたまて箱 | JR KYUSHU D&S TRAINS D&S列車の旅』https://www.jrkyushu.co.jp/trains/ibusukinotamatebako/)
なんともユニークな目の付け所だと思う。
列車は所定の位置に停車した。
童心に誘う若返りの魔力
そしていよいよ、僕が一番期待していた瞬間が訪れた。
車両の扉が開かれる。同時に扉の上から白い煙が「もわんもわん」と湧き出す。浦島太郎が玉手箱を開けたときの煙を再現した演出だ。
僕にはこれが、『いぶたま』がおもてなしをしてくれているように感じられた。まるで扉へと招き入れられているような…。
なんだか心が震えた。内装や窓からの景色、車内で買えるドリンクやおやつといった、これから体験することとなる旅への期待感がこの上なく高まり、ワクワクは最高潮だった。
このミストによる演出は、駅で見るものとしては珍しいものの、それ自体としてはさほどの派手さはなく、むしろ平凡とすら言える。
なのになぜ、こんなに気持ちが高まったのか、よく分からない。もしかするとそれこそが「玉手箱」の魔力だったのかもしれない。
お話ではこの煙を浴びた浦島太郎は老人になってしまうが、このときの僕の気持ちは完全に童心へと若返っていた。