暑くても楽しめる場所を求めて、「埼玉県立自然の博物館」に向かうことにした。荒川に沿って歩き出す。初めは日差しの強さに辟易としていたが、不思議なもので、しばらく歩いているうちに、いそれが次第に苦ではなくなっている。もっと歩きたいとすら思うようになってくる。この先に何があるのか、どんな景色が待っているのか――そんな好奇心が、肉体を駆動させる。
15分ほど歩いたところで、眼の前に立派な橋が出現した。おそらく秩父鉄道が通る橋だろうと思った。初夏の青空と雲を背に、レンガ積みの体躯が力強くそびえ、荒川の流れを跨いでいる。その景色はまるで、炎天下を歩いてきたことへのご褒美であるように思えた。
僕はそこでしばらく待つことにした。そう遠くないうちに秩父鉄道の車両が通るはずだ。橋を渡る貨物列車が撮影したいと思った。ほどなくして、川のせせらぎの中に鉄道の走行音を聞き取ることができた。僕は耳を澄ませた。もうすぐやってきそうだ。そう思いカメラを準備する。
そして次の瞬間、列車の先頭車両が視界に現れた。だがそれは貨物列車ではなかった。なんとSLだったのだ。秩父に来て1日目に乗ったパレオエクスプレスだ。僕の胸には喜びが起こった。まるで、旅を共にし、そして別れたかつての相棒に再会できたような気持ちだ。つい昨日、たった一回乗っただけというのに、彼の存在はずいぶん懐かしいものに感じられた。
パレオエクスプレスは、橋の上で速度を落とした。乗客たちが車窓からの景色を楽しめるように、という配慮だろう。だがその時の僕には、写真を撮りやすいようにと、彼が立ち止まってくれたように感じられた。それが嬉しくて、僕は夢中で何度もシャッターを切った。その時間は、永遠にも一瞬にも感じられた。
パレオエクスプレスが汽笛を上げたことで僕は我に返った。再び別れの時が来たのだ。たくさんの乗客を乗せたまま、次第に速度を上げ、走行音を轟かせながらパレオエクスプレスは去っていった…。僕はなんともいえない、充実した気持ちに包まれていた。なぜだかは分からないけど、気がつけば僕は拍手をしていた。荒川は変わらずせせらいでいた。