#3. 老夫婦とバゲットサンド|大橋駅前のホテルにて

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  3. #3. 老夫婦とバゲットサンド|大橋駅前のホテルにて

友人の結婚披露宴の翌日、大橋駅前のホテルで朝を迎えた。

このホテルは朝食の仕組みが少々ユニークだった。ハンバーガーみたいな包み紙に包まれたバゲットサンドとコーヒーが、フロントから配布されるのだ。一瞬面食らったが、そういえば予約のときにそんな文言を見た気がする。「朝食付きの割に安いな」と思った記憶が蘇ってくるのと同時に、合点がいった。

専用の食堂はないので、受け取った朝食はフロントのあるロビーフロア(結構広く、椅子とテーブルがある)で食べるか、自室に持ち帰る。なんだか配給みたいだ。人によってはこの仕組みのチープさを不満を感じるかもしれない。だけど僕にとっては面白い体験だった。せっかくなのでここで食べることにした。

一つ問題があったとするならば、そのバゲットが信じられないほど硬かったことだ。噛み切るのはほとんど困難に思えた。仕方なく、パンを小さくちぎり、唾液とコーヒーでふやかしながら食べ進めた。だがバゲットが小さくなってくると、次第に「サンド」の形を維持できなくなってくる。途中からはとうとうかぶりつくしかなくなった。こんな苦労でもちょっとしたスパイスとして楽しめる。一人旅の気楽さだ。

悪戦苦闘する中、1組の老夫婦の姿が目に入った。僕と同じく宿泊客であるようだ。彼らもバゲットを受け取っている。

ふと僕は不安を覚えた。この硬さ、大丈夫なのだろうか。手元のバゲットを見つめる。年配の方にとっては、明らかに硬すぎる。しかもただ硬いのではなく、下手をすると歯が持っていかれそうな粘着質な硬さだ。もしも歯が丈夫でなければ、ひどいことになりかねない。

僕は彼らの経緯を想像した。平日である今日、観光客の少ないこのタイミングでのんびりと旅行を楽しもうというつもりだったのではあるまいか。年金暮らして贅沢三昧というわけにもいかないから、宿はリーズナブルなところを選んだ。そこに、このバゲットサンドが出てきた。

万が一、このバゲットが原因で歯に怪我を負うようなことになり、旅行が頓挫しまうようなことになってしまったら…そう思うと僕は気が気でなかった。どうしても老夫婦の様子をうかがってしまう。何かを話している様子だ。内容は聞き取れないが、もしかすると、この硬すぎるバゲットについて口論になっているのではないか。

「こんなの硬すぎて食べられないじゃないか」
「仕方ないじゃない」
「どうしてこんなホテルにしたんだ」
「あなたが任せるって言ったのよ」

これがきっかけとなり喧嘩別れ、旅行は台無し…そんな未来が瞬時に脳裏に浮かび、僕はいたたまれなくなった。そんな悲しい結末があってはならない。なんとかして助けてあげなげれば、という気持ちが込み上げてくる。

だがどうやって? 僕は我に返って自問した。「バゲットが硬くて食べづらいですよね。代わりに何か買ってきますよ」とでも言うのだろうか。それは変だ。変だと思う。変じゃないですか?

そんなことを考えるうち、僕はバゲットサンドを食べ終えてしまった。結局最後まで何もすることができなかった。コーヒーを飲み干し席を立つ。バゲットサンドの包み紙とコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てる。声を掛けるチャンスが永久に失われる。

僕は去り際に老夫婦の方を一瞥し、自室へと戻った。想像が全く的外れであることを祈りながら。

バゲットサンド_大橋駅前のホテルにて_2406福岡