結婚式の披露宴が終わった後、式場近くのカフェで二次会が催された。新郎新婦のほか、僕を含めた新郎の友人が参加した。散会後、皆はそれぞれ帰途につき、僕も宿泊先のホテルに戻った。
部屋でしばらく休んでいるうちに、思った以上に時間が経過していた。疲れが出たのかもしれない。気づけば夕食をとるべき時刻が近づいていた。
だが困ったことに、そのとき自分が何を食べるべきかを思い浮かべることが全くできなかった。そもそも、まだ空腹を感じていない。いや、実は既に空腹なのかもしれない。よく分からなかった。さっきの二次会で飲んだカフェラテが胃にもたれているためかもしれないし、披露宴で飲めないお酒を飲んだためかもしれない。
刻一刻と時間は過ぎてゆく。とにかく何か食べて、夕食を済ませたことにしたかった。そうしなければ一日を終わらせることができない。僕はひとまずホテルを出て、飲食店が集まっていそうな方へ歩いた。店の看板を眺めながら歩いていれば、いずれ腹も空いてくるかもしれない。
しかし、歩けども歩けども「これは」と思える店に出会えない。営業している店を見つけては、近づいて店内の様子を伺い、一度は入ろうと考えるものの、決心かつかずに引き返す…これを何度となく繰り返した。一通り大橋駅周辺をうろついてみたが、徒労に終わった。未だ腹は空いてこない。
結局、苦肉の策として「珈琲館」(チェーンの喫茶店)に入ることにした。途中で見つけていたのだが、「夕食に喫茶店は無しかな」と思って選択肢から外していたのだ。だが、他に良い店を見つけることができなかったため、「もうあそこでいいか」と舞い戻ってきた。
いささか消極的な選択のようだが、何の成算もない訳ではなかった。喫茶店なら軽食が中心だろうから、今の腹具合にはむしろちょうど良いかもしれない、そう思ったのだ。そだが、これも後づけの理由だったのかもしれない。実際は、もういい加減に店に入って腰を落ち着けたいと思っていたのだろう。もっともらしい根拠は、それをテコにして決断する勢いをつけるために、自覚せずでっちあげたものだったのだ。
僕は案内された席につき、サンドイッチを注文した。軽くつまめるものを頼んだつもりだった。
ところが、しばらくして運ばれてきたのは思いがけずボリューミーな一皿だった。想像していたよりも1周り大きく、分厚い。サンドされたハンバーグが重厚な存在感を放っている。率直に言って動揺した。軽くつまむ、といった代物ではない。なんでデミグラスハンバーグサンドなんてものを注文してしまったのだろう。
僕はずっしりとした重さを手に確かめながら、この注文に至った思考過程を検証し始めた。どこかに致命的な誤りがあったのかもしれない。
メニューを見て最初に検討したのは普通のミックスサンドだった。だがそれでは夕食としては軽すぎる気がした。カツサンドはどうだろう。美味しそうだが揚げ物は重すぎる。だが、きちんと一食分の栄養は補給しておきたいし、野菜もなるべく食べたい。それらを総合的に勘案し、最終的にデミグラスハンバーグサンドに行き着いた。
僕は脳内でこの議論を何度か反芻したが、そこに疑念の余地はなく、デミグラスハンバーグサンドが唯一の可能性だった。…今振り返ってみれば全くそんなことはないのだが、少なくとも当時はそう思えた。
いざ食べてみると、パンは香ばしく、ハンバーグは肉汁に溢れていた。辛子マヨネーズとの相性は抜群だ。トマトも厚切りでジューシーだった。確かに美味しかった。だがそれでも、積極的な食欲を喚起するまでには至らなかった。僕はずいぶん時間をかけ、ようやくそれを平らげた。僕はようやく安堵した。
店内を見回すとポツリポツリといった人の入りだった。近所に大学があるのか、学生と思しきグループが、なんらかの催しの相談をしていた。僕は持ち込んだタブレットでマンガを読んで過ごした。そこには喫茶店特有の、ゆったりとした時間が流れていた。喫煙ブースから煙草の匂いが漂って来る。いつもなら少なからず不快な気分になるところだ。だが、このときは店の趣として自然に受け入れられたのだった。