そうだ桜島、行こう。
前回までで西大山駅と枕崎にタッチすることに成功した。これで今回の九州旅行は一つの達成を迎えたと考えたい。
差し当たって、次の一手はどうしようか。鹿児島県を本格的に観光するのは初めてなので、行きたいところはまだたくさんある。
ただ、かなり南の方まで来てしまったため、次の動きが難しい。
少し考えて、桜島に行くことにした。やはり鹿児島に来たからには押さえておきたい。
今は昼過ぎだ。帰りの飛行機は夜8時だから、まだ時間はある。
しっかり観光するのは無理でも、温泉にちょろっと入って来るくらいはできるだろうと思った。
まずは枕崎から鹿児島の中心部に戻らなければいけない。そのために路線バスに乗った。
船で移動する心地よさ
路線バスは、時刻表では2時間弱で着くところ、道路事情の影響もあってか遅れて到着した。
それでも特に焦ることは無かった。まだまだ時間はあるはずだ。このときはそう思った。
次は鹿児島市電に乗って水族館口駅へ。ここがフェリーターミナルへの最寄り駅となる。
駅から少し歩くと桜島フェリーターミナルに着く。
フェリーは曜日と時間帯にもよるが、およそ20分間隔で鹿児島港側と桜島港側を往復している。驚くべき運行頻度だ。それだけ両者の人の移動の需要が高いことが分かる。
ほとんど待つことなくフェリーに乗り込むことができた。
フェリーは速やかに出港した。ぐんぐんとスピードに乗っていく。
あっという間に広大な桜島の裾野が迫ってくる。もう目の前だ。
潮風が強く、心地よい。
九州まで来たときの阪九フェリー、神湊から大島に渡ったときのフェリーと、今回の旅では船を使った移動の楽しさを知れたことは、意味の大きい収穫であった。
船上での計算
一方、心地よさと同時に、僕は焦りを覚えていた。
ここに来るまでに、どうも思った以上に時間が掛かってしまっているらしかった。バスの遅延も影響しているだろうし、市電の乗り継ぎに手間取ったこともあるだろう。
まだ夕方ではあるが、空港までの移動を考慮すれば、時間的な余裕はほとんど無くなってしまっている。
少なくとも、この後温泉でのんびり過ごす訳にはいかない状況にあるようだ。ここから先、非常にタイトに動く必要が生じてきた。このタイミングで気づけたことは僥倖と言って良い。
僕は頭の中でここから先のタイムスケジュールを計算し始めた。
ここから桜島港に着くまで約5分。その後、温泉に入るために割ける時間はどれくらいだろうか。
到着後、鹿児島港側に向かうフェリーが直ぐに出たとして、次の便は20分後。さすがに滞在時間20分では短すぎる。
これは見送って、次の便は40分後だ。少し忙しいがこのあたりが限度だろうと見積もる。
仮にもう一本見送れば60分後だが、これでは空港に向かうバスの時間が危ういため却下だ。結果的に、ここでの判断は正しかった。
桜島港に到着した。他の乗客の迷惑にならによう気をつけながらも、急ぎ下船手続きを終える。
改札口付近を見回し、フェリーの時刻表を素早く見つけ出す。事前に帰りのフェリーの出港時刻を確認しておくためだ。
目論見通り、およそ40分後に出港する便がある。時刻を頭に刻んでおく。
フェリーターミナルから温泉施設までは歩いて約5分。帰りも同じだけ時間が掛かるから、温泉で過ごせる時間は着替えを含めて30分だ。
30分というと、自宅での入浴のことを考えると十分なようで、温泉に入るととたんに慌ただしく感じられる。
僕は、初めて訪れる桜島の風景に感動を覚えつつも、足早に温泉施設に向かった。
レインボー桜島
温泉施設・レインボー桜島に着いた。
時間は少ないながらも、温泉にはなるべくゆったりと浸かりたい。着替えをなるべく手早く済ませる。
そうして、待望の温泉だ。まだ夕方なので人も少な目だ。独り占めというわけではないが、広々と湯船に浸かることができる。
壁面はアクリル張りになっており、海が見える。なかなか良い景色だ。
地下1000メートルから湧くというお湯の色は濃く、印象に残っている。。
海外から来たらしい青年とおじさんが話している。どこから来たのか、どこを見たのかといったことを…。ありふれた内容だが、どこか心地よいリズムをはらんでいた。それを聞きながら、僕は湯を堪能した。
この旅で、初めて思うこと
さて、そろそろ行かなければならない。つかの間の寛ぎだった。
相変わらず時間はない。再び手早く着替える。下着は新しいものにした。
湯上がりの肌に、潮風を気持ちよく感じながら、小走りでフェリーターミナルに向かう。首尾よく目標通りの便に間に合わせることができた。
程なくしてフェリーは出港した。
来たときと同じく、ぐんぐんと加速し、港を離れていく。
さっきまでいた桜島を振り返った。そしてこのとき、今回の旅で、はじめて「まだ帰りたくない、旅を続けたい」という気持ちを抱いた。
4日目あたりではもう帰りたい、なんて思ったこともあった。それとは正反対だ。
なぜこのタイミングで思ったのか。それは、まさに今、移動の目的がこれまでと正反対のものに変わったからだろう。これから先、目指すのは旅の目的地ではないのだ。
船はもう湾の半分を過ぎた。僕はもっとこの船に乗っていたかった。
桜島の滞在はすごく短いものになってしまった。でも桜島に行ってみてよかった。そんなことも考えた。
日の長い夏の時期ではあったが、空はうっすらと色づき始めていた。
懐かしの天文館
鹿児島港側のフェリーターミナルに着いた。小走りで市電の駅に向かう。
時間は刻一刻と過ぎていく。電車を待つ時間がもどかしい。「歩いたほうが早いのでは?」と幾度となく思ったが、乗換案内を調べるまでもなく、どう考えても交通機関を利用したほうが早い。少ないながらも土地勘があったことで血迷わずに済んだ。
市電がやってきたので乗り込む。路面電車という乗り物の、なんという悠長なことだろう。スピードが少し乗ってきたかと思うと、いちいち信号に引っかかる。わざとやっているのではないかと思うくらいに。
しかしこれでも徒歩よりは遥かに早いのだ。それが分かっていてもやきもきしてしまう。予定通りに乗り換えることはできているので、これ以上急ぐことはできないから、焦っても何も良いことはないのだが…。
やがて路面電車は天文館の停車場を通過した。昨夜宿泊したあたりだ。確かに見覚えはある。だが、今日一日が濃密だったためか、昨日の記憶が遠い過去のものように感じられた。懐かしさすら覚えた。
市電は鹿児島中央駅前に着いた。空港行きのバスへの乗り換えも、首尾よく予定通りの便に乗れそうだ。依然として時間はタイトだが、ゴールは近い。
祈りが通じたか
バスに乗り込んだ。指定の座席を見つけ、ザックを下ろし、座る。荷物を整理したりしているうちに発車時刻となった。バスが動き出す。やっと一息つける瞬間が訪れた、かと思われた。
バスは時間通りに発車したものの、なかなか進まない。窓から見える景色はずっと市街地で変化がない。やがて、渋滞のため到着が遅れる見込みであるという趣旨のアナウンスが、バスの運転手から成された。
このまま行けば、最悪の場合、飛行機に乗り遅れるだろうと僕は想像した。しかし、僕はもう焦ることすらしなかった。
バスに乗り込んでしまった以上、今できることは完全に無いのだ。あるとすれば、目的地へ少しでも早く到着できることを祈ることだけだ。
結局、運転手さんの尽力もあって、空港までは無事に着くことができた。到着は大幅に遅れたが、幸運にも、まだギリギリ、チェックインが可能な時刻だ。
僕はダッシュで搭乗手続き端末へ向かった。並ぶ人がいなかったため、最短でたどり着くことができた。時間の遅い便だったことが幸いした。
バスを降りる前、チェックイン用の画面をスマホに表示させていたことも功を奏した。これが無かったら危なかっただろう。
スムーズに手続きは完了した。チェックイン締切の1分前のことだった。
ラストミッション
関門を乗り越えたことで精神的な余裕を少し取り戻した。だが、まだミッションは残っている。お土産だ。
搭乗口に一番違いショップに行き、全体を見回す。一つ一つ検討している時間はない。ぱっと目を引いたもの手に取り、瞬時に吟味する。これで行こう。
このあたり、自分の思い切りの良さを少しだけ誇りたい。
しかし冷静になってみれば、もう少し見て回る時間的余裕はあったかもしれない。
ただ、即断した割には良いものを選べたと思う。ちなみに生かるかんをチョイス。帰ってから食べたが、美味しかった。
搭乗が始まった。もうここまで来れば大丈夫だ。手続きの列に並び、自分の順番を待つ。機内へ進み、自分の席を探す。荷物を棚に入れ、座席につく。ここまできてやっと、真の安寧を得ることができた。
飛行機に乗ってからはあっという間だ。目的地である神戸空港が近づいてきた。
桜島からポートアイランドまで、フェリー、路面電車、バス、飛行機と4時間弱の怒涛の乗り継ぎであった。ちなみにこの後はポートライナー(モノレール)とJR線を使って帰宅する。
旅のクライマックスに相応しい、思わぬようなスリルだった。楽しくもあったが、少し懲りたのだった。